さらば営団6000系

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6120F(代々木上原にて)

1971年に登場し、デザインや技術の面で日本の地下鉄車両に大きな影響を与えた営団6000系。登場時のキャッチコピー「21世紀の電車」のとおり、21世紀に入っても千代田線の主力車両として長らく活躍し続けましたが、登場から40年以上が経過しており、更新工事を施工したとはいえ老朽化は隠せません。

2000年代に入って、老朽化や小田急でのATSの更新などもあり、6000系の置き換えが具体化しました。その前に06系が投入されていたのですが、増発用に1編成が投入されただけでこれ以上増えませんでした。さすがに設計の古い車両を入れるのは得策ではないので、16000系を投入して置き換えることになりました。チョッパ制御車は2012年までにすべて置き換えられ、しばらく導入されませんでしたが、今度はVVVF制御に改造した編成も置き換えることになり、2015年から導入を再開し、昨年までに37編成が揃えられました。

これに伴って6000系の置き換えが進み、最後は2編成が残るのみとなりましたが、10月5日の夜(綾瀬駅に19:37着)に定期運用を終え、13日から11月11日までは綾瀬~霞ヶ関を毎日1往復するという特別運行で、47年の活躍に幕を下ろすことになりました。

6000系のあゆみ

1次試作車

1968年に登場しました。世界初の電機子チョッパ制御の電車であり、全く例がないことからしっかり作り込むということで、まずは3両編成を作って試験走行をすることになりました。

この当時はまだ千代田線は建設中だったため、東西線で試験走行をしていました。東陽町西船橋から6001-6002-6003という編成になっています。試験中に千代田線の第1期区間(北千住~大手町)が開通しましたが、まだ試験中ということで東西線と同じ5000系が投入されました。

6001に三菱のチョッパ制御器、6003に日立のチョッパ制御器、6002に抵抗制御器を搭載し、メーカーごとの比較試験や、チョッパ制御と抵抗制御の比較試験を行っていました。

足回り以外でも新機軸が盛り込まれており、6003にワンハンドルマスコン(のちに東急や阪急で採用されるものとは異なり、縦軸式)が採用されたほか、電照式広告、リクライニング付きロングシートなども採用されていました。

試験終了後は抵抗制御に改造されましたが、7000系・8000系に採用されたAVF(自動可変界磁)チョッパ制御や、VVVF制御の試験も行われていました。

1979年に北綾瀬支線が開通すると、そこで使用する車両としてワンマン化改造され、足回りも5000系相当のものに取り換えられ、2014年まで走っていました。

1970年に千代田線に移籍した際、量産車が出たときに番号が被らないよう、綾瀬・代々木上原から6000-1・6000-2・6000-3という風に番号を変えられました。そのため、1次試作車は「ハイフン車」ということもあります。

ごく初期には騒音対策として床下をすべて包むスカートが付いていましたが、整備の際に取り外す手間がかかることから側面のものは撤去され、のちに正面も撤去されています。また、正面の帯も左右でつながっておらず、両側のヘッドランプのところで途切れていました。

  • 6000-1F:汽車製造

2次試作車

1次試作車での試験結果を踏まえて、オール動力車の6両編成で登場しました。今度は、動力車のユニットを複数組み合わせたときの誘導障害対策や、回生ブレーキをかけたときの問題点などの洗い出しが目的です。こちらも、投入当初は東西線に配置され、西船橋から6011-6012-6013-6014-6015-6016という、京急や昔の阪神電車のような番号のつけ方でした。

1次試作車とは異なり、スカートは最初からついていませんでした。また、車体裾が量産車より長く、小田急の車両限界からはみ出ていることから、小田急線に乗り入れられませんでした。正面の帯は1次試作車と同じく途切れていましたが、後になってつながりました。

量産車が登場後、汽車製造で仕様を統一する改造を施し、付随車4両を組み込んで10両編成化して本線で活躍しています。このときに6101Fに番号が変わりました。当初はオール動力車の6両編成で、後から付随車を組み込んだことから、量産車とは編成の構成が異なります。6101(旧6011、西船橋代々木上原方の先頭)はCM*1です。

1994年に冷房を取り付けるまでは、千代田線最後の非冷房車でした。1999年にVVVF化し、2016年まで走り続けました。

  • 6011F→6101F:川崎重工(10両編成化用の付随車も含む)

1次量産車

2回にわたって試作車を製作し、その結果を踏まえて、大手町~霞ヶ関の延伸開業時に量産車を投入しました。ようやく真打登場といったところです。

この量産車から、6000系の特徴として語られることの多い「キノコ型貫通路」が採用されました。貫通路を大きくして車内を広く感じさせるのが目的で、5・6号車*2の間を除き採用されています。

6113Fは営団地下鉄では最後となる、汽車製造で製造された車両でした。1972年に川崎重工に吸収合併されています。

2次量産車

1972年の霞ヶ関~代々木公園延伸開業に合わせて投入された車両で、1次量産車と大きな変更点はありません。

3次量産車

1978年の代々木上原延伸開業と、小田急線への乗り入れに合わせて投入されました。当初から小田急線への乗り入れ装備(OM-ATS・小田急の無線機・急行灯etc.)をしており、これ以前の車両にも追設されています。

チョッパ制御の半導体が、1300Vまで対応しているものから2500Vまで対応したものに変更されました。このほか、冬の寒さ対策として3・4号車の間と7・8号車の間に貫通扉が装備されています。

4次量産車

これ以降は輸送力増強のために投入されています。ただし、4次量産車のみ、千代田線の開業当初に走っていた5000系を東西線に移籍させるための穴埋めとして投入されています。

先に半蔵門線に登場した8000系の設計が一部取り入れられ、冷房を取り付けることを想定して車体の設計をやり直しているほか、側面窓の天地寸法が大きくなっています。

チョッパ制御器は、3次量産車までの強制風冷式から、フロン沸騰冷却式に変わり、低騒音化がなされています。のちのVVVF車でも、低騒音化や小型化のために水冷を採用しているものがあります。

5次量産車

このグループでは、天井が高くなるなど主に室内に変化が見られますが、足回りでは台車が両抱き式ブレーキから片押し式ブレーキに変わっています。このほか、コンプレッサーが01系と同じものに変わっています。

6次量産車

6000系では初めて、新造時から冷房が取り付けられました。ほかに目立つところでは、6100についていたパンタグラフが最初から付いておらず、他の車両ものちに撤去されました。

7次量産車

最終編成は、チョッパ制御の半導体VVVFインバータで採用されるGTOサイリスタに変更されました。それ以前に、制御器の更新工事を施工した編成では先に採用されていました。

このほか、運転席に車両の状態を表示するディスプレイを設けたほか、0シリーズでも採用されたドアチャイム・車内案内表示装置・自動放送装置が付きました。

*1:他社では先頭車はMc・Tcだが、営団東京メトロではCM・CT

*2:伝統的に、千代田線の電車は車庫内で5両ずつに分かれるようになっている

NANA MIZUKI LIVE ISLAND 2018 和歌山

和歌山へようこそ、水樹奈々御一行様

奈々さんといえば、ライブで全国制覇を目指しているのですが、その一環として先日和歌山でライブがありました。

和歌山ということで、「そういえば、みのりん仲間で和歌山出身のやつがいたな…」というのを思い出し、一緒に行かないか持ちかけたところ、好感触を得たため、連れて行きました。ちょうど夏休みで実家に帰ってきており、たまたまそのタイミングで奈々さんのライブがあるとのことでした。本人いわく「奈々さんのライブはLIVE GALAXYの初日以来2年ぶり」とのことです。

なお、当初和歌山でのライブが発表された際、会場が和歌山ビッグホエールではなく和歌山県民文化会館だったことから、「なんでビッグホエールちゃうねん、チケット取れへんやろ!」と不満タラタラでしたが、実際はあっさり取れてしまいました。

セットリスト

1 STARTING NOW!
2 Love Blossom Angel Blossom
3 アノネ ~まみむめ☆もがちょ~
4 Happy Dive
5 You have a dream
6 沈黙の果実
7 BLUE ROSE
8 PRIMAL AFFECTION
9 PHANTOM MINDS
10 Invisible Heat
11 PARTY! PARTY!
12 still in the groove
13 Hungry Hungry
14 夏色華日 夏恋模様
15 アオイイロ
16 TOON→GO→ROUND!
Happy☆Go-Round!
17 ETERNAL BLAZE
18 NEXT ARCADIA
19 TERMINATED Exterminate
20 FEARLESS HERO
E1 Preserved Roses
E2 君よ叫べ
E3 Birth of Legend
E4 POP MASTER

みかんのライバル

和歌山県といえば、愛媛県と並んでみかんが特産品であることで知られており、奈々さんいわく「和歌山は愛媛の“みかんのライバル”」とのことです。

しかし、実際はここ最近は和歌山のほうが生産量が多いとのことです。

3年前の忘れ物

アンコールでは、前半の公演ではSynchrogazerを歌っていたのですが、熊本あたりから変わっており、西川さんとのコラボ曲「Preserved Roses」でした。ちなみに、奈良では「残光のガイア」でした。

実はこの曲にはちょっとした思いがあり、3年前にびわ湖ホールでのライブに参戦した際、「西川さんは滋賀県出身だから、ここで“プリロゼ”か革命デュアリズムが来るだろうな」と期待していたのですが、実際は歌いませんでした。なので、びわ湖ホールに忘れ物をしたような感じがしました。

コラボ曲はまだ生では聞いたことがなく、和歌山でようやく聞くことができ、3年前の忘れ物を取りに行けました。

らくらく物販

今回は会場が小さく参加者が少ないということもあり、「くろしお3号」で和歌山駅へ向かい、物販が始まる直前に会場入りしても、欲しいものが余裕で買えてしまいました。

何を買ったかといえば、会場限定のピンバッジとラバーバンド、NANAバンド(トレーニング用のバンド、いわゆる“きしめん”)、パインアメでした。

バーバンドはどんなものかというと、みのりんとこで2012年から出ているチャリティーバンドと同じようなものです。奈々さんとこでは2018年から登場しました。色は、和歌山ではみかんにちなんでオレンジです。

そして、ピンバッジのデザインは「梅干を食べるナネットさん」でした。和歌山だけに、パンダの被り物をしたのかと思いましたが違いました。

ジェットスキーには乗りません

奈々さんのホール公演は実に3年ぶりです。首都圏・関西圏の大規模な会場では、ジェットスキーにグライダーなどといった大掛かりなセットを組んでやるのですが、小規模のホールではこれらの演出は省略されています。

ちなみに、大阪城ホールではジェットスキーにまたがってSTARTING NOW!を歌い(甲子園では恐竜の骨格だった)、グライダーに乗ってアオイイロを歌い、最後はヨットに乗ってSynchrogazerでした。

ビッグホエールでやっていれば、これらの演出ができたはずでした。そして、和歌山ということでJR西日本の協力を得て「オーシャンアローに乗ってやってくる」という演出も期待していました。

狙ったでしょ?

中間のムービーでは、奈々さんがジェットスキーで島へ向かうというものでした。いつもはかなり重いテーマなのですが、今回はバカンスにでも向かうのかというぐらい軽いものでした。

しかし、その実ネタに走りがちで、島に上陸して入るにはミッションをこなさなければならないというものですが、これが公演ごとに異なっており、大阪の初日では筋トレ、和歌山では外国人相手にジェスチャーでした。

そして、ナレーションはリンディ・ハラオウンキュアムーンライトの中の人として知られる久川綾が担当しました。久川さんといえば、大阪は貝塚の出身で、実家は岸和田と水間観音の近くの金物屋さんです。「あれ、行き帰りに貝塚を通るやん! 和歌山だから狙ったな?」と思いました。

近畿地方完全制覇への歩み

和歌山公演と、その翌日の奈良公演をもって、奈々さんは近畿地方を制覇しました。2002年に大阪で初めてライブをやって以来、足かけ16年で達成しました。

大阪は三大都市圏(東京・大阪・名古屋)に入るので、比較的早い時期に開催されました。少なくとも東名阪では必ずやるようにしています。2003年のみ、大阪に加えて京都でもやっています。近畿圏では大阪のみでやることが多く、大阪以外でやっても神戸か京都、または大阪ではやらずに神戸だけということもときどきあります。

2011年から、奈々さんは全国制覇を意識するようになり、2015年には実に12年ぶりとなる、大阪以外の近畿圏での公演をびわ湖ホールでやりました。これ以降は近畿圏の制覇が進み、2016年には長年の悲願であった甲子園ライブを実現させるという形で兵庫県でも初開催を果たしました。

そして2018年。残るは和歌山県奈良県だけでしたが、立て続けに開催することで両県とも制覇し、これをもって近畿地方完全制覇を達成しました。

大阪府 2002/11/23 ON AIR OSAKA
京都府 2003/8/25 京都会館 第2ホール
滋賀県 2015/8/23 びわ湖ホール
兵庫県 2016/9/22 阪神甲子園球場
和歌山県 2018/8/18 和歌山県民文化会館
奈良県 2018/8/19 なら100年会館

2002年、奈々さんが関西で初めてやった会場は、西梅田にあった小さなライブハウス「ON AIR OSAKA」(2004年に閉鎖)でした。あれから16年、甲子園で4万人を動員するまでになりました。

Minori Chihara 10th Summer Live -SUMMER CHAMPION-

We are the summer champions!! 平成最後の夏はみのりんとともに。

2009年から毎年欠かさず行われている、みのりんの夏の風物詩ともいえる河口湖ステラシアターでのライブ。ついに10年連続で開催されました。

2014年から毎年欠かさず参加していますが、今年は10年目という節目ということもあり、参加しないわけにはいきませんでした。

セットリスト

1日目 2日目
0 ふじの山(文部省唱歌
1 Tomorrow's chance
2 FOOL THE WORLD 君がくれたあの日
3 too late? not late...
4 この世界は僕らを待っていた
5 「HEROINE」スペシャルメドレー
NAKED HEART
jelly beans
マリオネット
6 Fairy Tune
7 Lush march!!
8 animand~agitato
9 孤独の結晶 不確定性原理
10 Remained dream
11 Sandglass~記憶の粒子
12 Hopeful "SOUL"
13 Flame
14 Paradise Lost TERMINATED
15 Sunshine flower Freedom Dreamer
E1 透明パークにて
E2 純白サンクチュアリィ
E3 夢幻SPIRAL
E4 河口湖サマーライブソングメドレー
みのりん音頭
みのりん☆サーフィン
SUMMER CARNIVAL~みのりんサンバ~
DE purest note~あたたかい音

昔の曲もやってます

今回は10周年ということで、歌ってほしい曲(本人名義)のリクエストを募っていました。

その中から、「昔の曲も歌ってほしい」ということで、キングレコード時代に唯一リリースしたアルバム「HEROINE」から3曲をメドレーで披露しました。「HEROINE」の曲は2012年にバースデーライブで歌っていたこともあり、少なくとも6年ぶりではないかと思います。この時代の曲は初めて生で聴きました。

今でこそ、みのりんの歌手としての路線は、強いて言うなら奈々さんに近いのですが、この当時のみのりんは、どちらかというとほっちゃんに近いような感じがします。

ちなみに、私は「Cynthia」に入れました。河口湖の月明かりの下で聴きたいという思いを込めて入れました。

河口湖の夜空に映える白い光

私はなぜ毎年河口湖に足を運んでいるのか、というと、河口湖で聴く「純白サンクチュアリィ」は格別なものだからです。これだけでも十分行く価値はあります。

河口湖の夜空に映える、一面の白い光。これ以上に美しい光景はあるでしょうか。三宮から河口湖まで、どこへ行っても、どこで聴いても、「純白サンクチュアリィ」と、一面の白い光の組み合わせは最高なのですが、河口湖ということで一味違うものになります。

かっこよすぎるアルバム

Innocent Ageから2年。久々に「SPIRAL」というアルバムが発売されます。とにかく「かっこいい」の一言に尽きます。しかし、あの衣装はお尻がかゆくて仕方なかったとのことです。

その中から、リードトラックの「夢幻SPIRAL」を披露していましたが、これも「かっこいい」の一言に尽きます。
しかし、最初は字面を見ていなかったために「無限スパイラル」と勘違いしていましたが、あとで字面を見て「奈々さんの“夢幻”と、angelaの“Spiral”を合わせたタイトルやな」というのがわかりました。

CDのみのものとBlu-ray付きのものがありますが、ジャケットを見て「両方買おう!」と思いました。ある人は「どこかの化粧品のCMみたい」とまで言っています。

町は、みのりん一色

今年は10周年ということで、町内の各店舗・観光施設とのコラボ企画があったほか、ファンクラブ限定で町内のガイドマップも売られていました。そのガイドマップに、会員特典のあるお店が出ていました。

また、河口湖町内で最大のショッピングセンター「ベル」では、過去10年のライブの写真が展示されていました。

夏の風物詩として、町の人々に受け入れられているようです。

例によって、富士急行とのコラボ企画もありましたが、今回はみのりん本人が臨時快速に乗り込んでアナウンスをやるというサプライズもありました。

カバー曲でたどる河口湖夏ライブの歴史

今年は河口湖でやるようになってから10年目、昨年は100公演達成記念ということで、恒例のカバー曲はありませんでしたが、過去には趣向を凝らした企画がありました。

例年、夏にちなんだ曲や、みのりんの大好きなB'zの曲を歌うことが多いのですが、2011年には「夏の歌」、2013年には「2000年代以降のアニソン」に絞ってリクエストを募っていました。

その中でも、伝説となったのが2013年の「2000代以降のアニソン」でした。いろいろ考えてみましたが、当然というかなんというか、「ETERNAL BLAZE」が選ばれていたのですが、その日は奈々さんも西武ドームでライブをやっていた上に、バンドメンバーにはみのりん・奈々さんの両方に顔が利く人が約1名います。しかも、みのりんのライブなのにコールが完璧で、「君ら奈々さんとこ行ったことあるんでしょ?」といわんばかりでした。そして、みのりんは大先生のことを“ムッシュ”呼ばわりしていじっていました。

長すぎて覚えにくい「梅小路京都西」

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梅小路公園京都水族館京都鉄道博物館へのアクセスは、京都駅からバスに乗るか、七条通を歩いていくという手段がありますが、主流は市バスです。京都駅から途中の停留所をすっ飛ばして梅小路公園まで直通する系統もあるほどで、京都鉄道博物館が開館するまでは「水族館シャトル」というのもありました(現在の急行103系統)。

ところが、京都鉄道博物館が開館して以降、ただでさえ水族館の客でパンクしているバスの混雑が著しくなったことや、京都駅からかなり離れていてアクセスが良くないこともあり、梅小路公園の近くに嵯峨野線山陰本線)の新駅を設置することになりました。もともと、七条通嵯峨野線の交差地点に新駅を作るという構想はありましたが、水族館や鉄道博物館が相次いで開館したことにより、アクセスの悪さを指摘された上にバスの混雑もひどいことから、設置に向けての動きが急速に進みました。

開業にあたって、京都市当局が駅名を一般に募集し、それをJR西日本に提出していました。

京都市:JR嵯峨野線 京都・丹波口間新駅設置事業

最も多かったのが、単なる「梅小路」で、次いで「梅小路公園」でした。七条通との交差地点に駅を作ることから、京都市内(洛中)ではよくあるパターンとして「七条梅小路」や「梅小路七条」というのもあったほか、梅小路公園の北側の地名から「朱雀」も入っていました。実際は、梅小路通七条通も東西方向に走っており、千本通七条通との交差地点なので「七条千本」または「千本七条」とすべきものですが、梅小路公園やかつての「梅小路蒸気機関車館」からの連想で、梅小路通にはかかっていないのにかかわらず「梅小路」が入る案が多数あげられていました。

アンケート結果を踏まえて、今日駅名が発表されましたが、「梅小路京都西」という、長くてわけのわからない駅名になってしまいました。一応、「京都西」も6位には入っていましたが、梅小路とくっつけてしまったためにややこしい駅名になってしまいました。
おそらく、正式な駅名は浸透せず、単に「梅小路」と呼ばれてしまう運命になるでしょう。

なお、「梅小路駅」自体は過去に存在しており、京都駅の西側にある貨物駅が2011年3月のダイヤ改正まで「梅小路」だったほか、西大路丹波口東海道本線貨物支線(山陰連絡線)*1の、東海道本線側の分岐点が2016年2月末に廃止されるまで「梅小路」でした。また、1994年に梅小路公園で全国都市緑化フェアが開催された際には「緑化フェア梅小路」なる臨時駅を設置して観客輸送にあたっていました。

単に「梅小路」としなかったのは、過去に貨物駅や貨物支線の分岐点として存在したために使いづらかったからでしょう。だからと言って、「京都鉄道博物館前」などとしてしまうと今度は京都水族館からクレームがつくので(逆もまたしかり)、「梅小路」の名前を入れるのが妥当でしょう。「梅小路公園」にしたほうがよかったのではないでしょうか。

余談ですが、2005年ごろには梅小路公園サッカー場を建設し、紫光クラブ京都サンガFCのホームスタジアムにするという構想が出たことがありましたが、その際のアクセスとして緑化フェア梅小路駅を常設化の上復活させて用いるという案が出たこともありました。その後、亀岡にサッカー場を建設することに決まりましたが、その場所が亀岡駅の北側250mのところで、嵯峨野線で行くのが前提となります。

現状、嵐山の観光客でいっぱいになっているところに、水族館・鉄道博物館、さらにはサッカー観戦客まで入ると、嵯峨野線の輸送力は限界を超えてしまうでしょう。221系ではさばききれなくなると予想されるので、323系や和歌山地区の227系のような3ドア・ロングシートの電車が必要になるのではないかと思います。4ドアにしないのは、この梅小路京都西駅には嵯峨野線では初めてホームドアが設置されるためです。

*1:2003年ごろ、神戸・大阪からここを経由して嵯峨野線へ直通する臨時電車を走らせていたことがあった

Xデーは近い

神戸市営地下鉄西神・山手線)では、今年度から新型車両6000形を導入して全車両を置き換えることが決定しており、すでに第1編成が完成して本線での試運転も実施されています。北神急行線に乗り入れて谷上まで顔を出しました。

24年ぶりの新型車両ということもあり、新機軸が多数盛り込まれています。そのため、じっくり試運転をしているようです。

そして、今日突然入ってきた情報では「1101Fが今週末に引退する」とのことです。ヘッドマークも用意されており、西側には「1101 LAST RUN 1977.3.13 2018.7.7 おつかれさま」、東側には「1601 LAST RUN 1977.3.13 2018.7.7 おつかれさま」と記されています。両先頭車のS字の帯も再現されています。

最終運行日は、ヘッドマークに記されている通り7月7日です。この日、オリックスの試合がほっともっとフィールド神戸で開催されますが、これが最後の観客輸送となる見込みです。また、神戸でオリックスの試合がある日は阪神電車山陽電車の虎マーク(甲子園で阪神戦があるときに出される)と同じような感じで、当日運用に入る全編成に「Buffaloes」のヘッドマークが取り付けられますが、1101Fは「LAST RUN」のヘッドマークを優先するでしょう。

通常、旧型車が引退するときは置き換える新型車両がある程度使い物になってから引退するというのが通例でしたが、1101Fは6000形がデビューするより早く引退するようです。これは、検査時期の関係とも言われています。

神戸市営地下鉄1000形のあゆみ

1977年3月の第1期区間名谷~新長田)開業に向けて、1976年に4両編成6本(1101F~1106F)が製造されました。この時の編成は中間のT車がなく、現在の1・2・5・6号車だけで構成されていました。形式は、この時点で6両編成化を見越してつけられており、百の位が西から1・2・5・6となっていました。また、この当時は名谷と新長田を往復するだけで、側面の方向幕は付いていませんでした。

日本の地下鉄では初めて冷房を完備しており、これ以降に登場した地下鉄電車はすべて冷房を搭載して登場しています。1978年のローレル賞を受賞しました。ちなみに、この年のブルーリボン賞近鉄12400系「サニーカー」でした。

この当時の地下鉄は須磨ニュータウンから都心(三宮)への足という位置づけでしたが、実際にはまだ三宮までは直通しておらず、板宿で山陽電車に、新長田で国鉄線に接続することで三宮への足を確保していました。

その後乗客が急増し、1981年に2編成(1107F・1108F)を追加投入したのを皮切りに、1983年の大倉山延伸開業に合わせて3編成(1109F~1111F)と、既存の編成に挿入する中間車8両(1301~1308、現在の3号車)が投入されました。この時に投入された車両は、5両編成となっているほか、側面の方向幕が当初から装備されたほか、扉の引き込まれ事故対策として戸袋部の隙間を広くとっています。
1985年には、西は学園都市、東は新神戸まで延伸開業して待望の三宮乗り入れを果たしました。この時に4編成(1112F~1115F)が投入されましたが、三宮と神戸市西部のニュータウンが直結されたことや、折しもこの年は神戸でユニバーシアードが開催されたことから5両編成でも対応しきれなくなり、西神中央まで延伸された後の1989年に6両編成化されました。

西神中央延伸開業時には3編成(1116F~1118F)が追加導入されています。この時の改良点としては、冷房機が中型3台から大型2台に変更され、これ以降の車両にも踏襲されています。6両編成化の際に投入された車両(1401~1418、現在の4号車)もこの仕様であり、1101F~1115Fは1両だけクーラーの数が違います。

これ以降の増備は、北神急行の開業時には2000形、西神南駅開業以降の輸送力増強には3000形を投入して対処しています。

登場から20年たった1997年からは毎年1編成ずつがリニューアル工事を受けており、この工事に合わせてチョッパ制御からVVVFインバータ制御に改造されています。1107Fまでは3000形と同じインバータを使っていましたが、1108F以降はIGBTインバータに変更され、2000形のリニューアルでも同じものが採用されています。