近鉄電車の車両たち〜通勤編〜

シリーズ21

2008年製の9830F(EH30)。6両編成のシリーズ21で10編成目までいったのは9820系だけであります*1

波方に在来の2両編成をつないでおり、編成美が崩れています。

ちなみに、今日近鉄難波駅に降り立ったところ、なんと3番線に9020系+9820系がやってきました。休日の急行・快速急行は8両編成で運行されるため、急行もしくは快速急行で折り返すのは決まりです。

で、難波から乗った快速急行がこの9020系+9820系で、乗っていたのは9825F(EH25)でした。上に小さい写真がありますがそれです。

以前、5820系と9820系を間違えたことがありますww


これは、3220系唯一のシリーズ21標準塗装にしてシングルアームパンタグラフ装備車、3221F(KL21)。種別表示が「区間準急」になっており、さらに「区間準急」は奈良線にしか存在しない種別なので、烏丸線直通運用をサボって奈良線を走っていました。もっとも、烏丸線直通用車両は3200系と3220系を合わせて10編成ですが、毎日何本か余るので余った編成は近鉄京都駅に顔を出したり、奈良線橿原線を走っていることがあります。その逆で烏丸線をひたすら往復する運用もあります。

ちなみに、6両編成のシリーズ21パンタグラフが4つあるのも3220系だけです。モ3220にパンタグラフが2つついています。


近鉄通勤車の最高峰、JR東日本東武鉄道がまねしたことで有名な「L/Cカー」5820系。帰りに奈良から乗ったのはこれでした。

ちなみに、東武東上線で「TJライナー」に供される50090系ですが、「TJライナー」以外では昼間の列車や「TJライナー」送り込みの快速急行でも使われています。「TJライナー」と快速急行クロスシートで、それ以外はロングシートといった使い分けですが。

また、「阪神なんば線」が開通した際、阪神乗り入れの際にはロングシートで運行すること、と乗り入れ協定で定められているようです。

奈良線では時間帯によって使い分けがなされているようですが、京都線橿原線では終日ロングシートで運行されています。

この写真を見ればなんとなくわかるでしょうが、1・2番線から難波・京都方面に出られるような配線になっています。1992年までは西大寺スイッチバックして難波〜京都間を結ぶ特急が運行されていました。現在でも団体臨時列車が使うことがあります。


さきほどの5820系にくっついていた9020系。5822F(DH22)と9022F(EE22)。9020系でシングルアームパンタグラフを装備しているのは9022F(EE22)以外では9021F(EE21)と9025F(EE25)だけです。

で、9032F(EE32)と9033F(EE33)は阪神に貸し出され試運転中ですが、尼崎で寝ていました。

シリーズ21以外のVVVF


1020系。この時代のVVVF車では唯一奈良線系統のみの投入であります。


1252系。これを4両もしくは6両編成にすると上の1020系*2になります。こちらは奈良線大阪線の両方に投入されています。

ちなみに、1273F(VE73)と1275F(VE75)が阪神に貸し出されていますが、これも尼崎で寝ていました。

一時期奈良線系統には日立のVVVFを装備した車しか投入されていませんでした。もっとも抵抗制御界磁チョッパの時代から奈良線向けは日立で、900系に至ってはモーターも日立でした。

抵抗制御


1960年代〜1970年代の奈良線を支えた抵抗制御車は廃車が進んでいますが、この8600系はまだまだ全車が健在です。

8600系は奈良線初の新造冷房車。近鉄は関西の他社と比べると冷房車*3の登場が遅く、1972年に大阪線の2800系が登場したのが最初でした。

新生駒トンネル開通後の1964年に登場した8000系から、奈良線系統の1500V昇圧に伴う長編成化に備えて機器配置を見直しMG・コンプレッサの容量を大きくとった8400系、新造冷房車の8600系、回生ブレーキを装備した8800系まで、すべて8000系(広義の8000系)と呼ばれているようです。

ちなみに「ク8100」「ク8150」は8000系ではなく8600系です。また、8600系には8000系で唯一の6両固定編成があります(8619F)。以前はアルミ試作車の8069Fが、連結器の高さを近鉄全線で880mmに統一する際に工事ができないため、8074Fの中間に押し込んで6両固定編成にした例がありました(2005年廃車)が、これは1026系やシリーズ21のようにすべて同じ断面でまとめられています。このため、「モ8620」「ク8120」はありません。


これは8000系(狭義の8000系)。ちなみに8000系のトップナンバーは8021ですが、なぜ8001ではないのかというと8000系以前に900系(奈良線初の大型車)があり、昇圧とともに8000系に編入する計画があった名残であります。結局は実現しませんでしたが、実現していれば8001F〜8012F(E01〜E12)となっていたはずでした。


これは8800系。南大阪線の6800系以来続いた近鉄の通勤電車スタイルはこれでいったん終わり、8810系からまた変わります。


これは8400系。8000系とは機器のレイアウトが異なります。

ちなみに8000系と8400系には3両編成がありますが、これはかつて京都線の各駅停車が3両編成だった時代の名残であります。8400系3両編成は田原本線で運行していますが、8000系はワンマン運転には対応していないため、2編成つないで6両編成で運行されます。

界磁チョッパ


8810系。近鉄では早くからVVVFの実用化に取り組んでいたため、界磁チョッパは影の薄い存在であります。それ以前に近鉄はチョッパ制御というものに縁が薄く、3000系では烏丸線乗り入れの試作車として電機子チョッパの実用化試験をやっていましたがこれも失敗し*4、目的の一つだった烏丸線乗り入れはVVVFの3200系*5で行うことになってしまいました。

奈良線系統では4両編成が8810系、3両編成が9200系(これも京都線の各駅停車が3両編成だった時代の名残で、のちにサ9350(→サ9310)を組み込んで4両編成になった。このときに組み込まれたサ9310はボディがのちに登場したVVVF車と同じなので、そこだけ下に長い)、2両編成が9000系でしたが、9000系は全車が名古屋線に転属し、8810系は1編成、9200系も3編成が大阪線に行ってしまっています。

あまりにも写真が多いので、続きはまた明日。

*1:5820系は7本、3220系は3本

*2:厳密には台車が違う

*3:南海鉄道なんて、戦前に冷房車を投入していたが、戦時中になくなった後復活した

*4:制御器の構造上、高速域で回生ブレーキが効かないことがあった。3000系の登場時点では、地下鉄ではあまり速度を出さないことや、発熱量が少ないというメリットを買われて広く採用されていたが、郊外電車には高速域で回生ブレーキが効かないことがあるというデメリットがあって向いていないとみなされた。また、パワーデバイスVVVF車全盛の現代と比べると非常に高価で、その分製造コストが跳ね上がる

*5:京都市交通局10系は電機子チョッパだが、これは烏丸線が部分開業した1981年当時はまだVVVF制御が実用化されていなかったため。3200系は1986年に登場し乗り入れ開始は1988年で、この頃近鉄ではすでにVVVF制御が実用化されていた。烏丸線は京都以南の建設工事が遅れたため、その間にVVVF制御やアルミ車体が実用化され近鉄の標準仕様となり、結果として異端児となった3000系ベースで乗り入れ車両を投入する理由はなくなった