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もしも良太がいなかったら

今年の阪神は、出だしこそ好調だったものの、連休に入るととたんに連敗の山で最終的には5位にまで堕ちてしまいました。ただ、どういうわけか最下位になることはなかったようです。奈々様も怒っていることでしょう。

そして今年は主力選手がことごとく不調で、出塁しても点が取れないことが何度となくありました。それに加えて、投手陣も終盤に打ち込まれてそのまま負けてしまうパターンがかなり多かったのでした。

そんな中で、一人気を吐いている選手がいました。新井良太です。今年は中盤から4番を任されるなど、阪神の新たなスターとして活躍しています。「お兄ちゃんより打ちそう」などとよく言われますが、全くその通りでした。

それは突然の出来事だった

2010年のシーズンオフ。2010年ももうあと数日というところで、テレビを見ていたらこんなニュースが飛び込んできました。

阪神水田圭介と中日・新井良太の交換トレードが成立

「中日に新井さんの弟がいる」というのはその前から知っていました。阪神と中日の間で話はあったのでしょうが、当然ながらそういう話はまとまるまで外部に出てきません。ただ、夕刊フジ日刊ゲンダイなどといったタブロイド紙に出てくることはあります。「阪神と中日が水面下でトレードの交渉をしている」という話を知っているわけがないので「良太が阪神に移籍するなんて…まさかね」と思っていました。それ以前に、同一リーグでのトレードというのはあまり例がなく、知っている限りでは1997年オフに阪神と中日で2対2の交換トレードがあったぐらいです。ちなみにその時に阪神が獲得した選手の一人が、“必死のパッチ”でおなじみの矢野さんでした。

なので、突然のトレードに誰もが驚いたことでしょう。しかも、中日ではレギュラーになれなかったのに、阪神ではどうなるのか、というのも気になったほか、「新井兄弟として売り出したいだけちゃうか」といううがった見方もありました。しかも、交換要員は水田。この年は結局1軍では出場しませんでした。

開幕1軍には帯同したものの、結局この年は主に守備固め中心での出場でした。

2012年、転機が訪れる

2012年になって転機が訪れました。長引く不振に加え、2010年シーズン途中から4番打者を務めた新井さんが絶不調。そこで、8月頭から「良太に4番を任せる」という策に打って出ました。それ以前にも「兄弟そろってスタメン出場」というのがあり、ある試合では兄弟そろってホームランを放ち、セ・リーグの歴史に名を残したということもありました。今まで同じ試合で兄弟そろってホームランを打ったというのは、セ・リーグでは例がありませんでした。

初めて4番を打つということで最初はなかなか成果が出なかったものの、次第に4番の仕事をこなすようになり、9月には本人いわく「野球人生初」だというサヨナラホームランを打つなど、その活躍ぶりは「お兄ちゃんを超えた」と言ってもいいぐらいでしょう。良太だけスタメンで出る、ということもあります。

もし良太がいなかったら…

今でこそ阪神の主軸として活躍していますが、もしあのトレードが成立していない、もしくは他球団と話が付いていたら、今頃阪神は最下位に沈んでいたことでしょう。昨年の“男前”藤井と同様に、「阪神に来てくれてよかった」選手だといえます。中日とは1997年オフに久慈・関川⇔大豊・矢野のトレードをやっていましたが、これと同じぐらいの成功例と言えます。ただ、水田は移籍1年目で戦力外になってしまったので、水田には悪いのですが。

矢野さんは、中日ではあまり活躍できなかったということもあって実質的に阪神の生え抜き選手と扱われているようなところがありますが、良太もまた同じように中日時代のことを忘れられてしまう、なんてことにならないでしょうか。レギュラーにはなれなかったものの、中日時代の経験は決して無駄なものではなく、そのおかげで阪神でレギュラーを獲得したのです。