今日は、ちょっと深いテーマを取り扱ってみることにします。
おととい急に舞い込んできた、「東芝がHD DVDから撤退」というニュース。そこから、なぜHD DVDが敗れたのか、という理由を探ってみることにしましょう。
まず、考えられる理由をざっと挙げてみれば以下の通り。
- 有力なメーカーが東芝ぐらいしかなかった
- ハード・ソフトの品ぞろえが良くなかった・対応機器の開発が遅れた
- 宣伝不足
- 記録容量が小さい
有力なメーカーが東芝しかなかった
HD DVDを推進するメーカーのうち、ハード面では旗振り役の東芝のほか、NECと三洋電機*1などが参加しているのですが、三洋電機は経営再建の真っただ中でHD DVD対応機器を開発するどころではないため*2、事実上東芝とNECだけしかハードを供給できない状態となっています。また、NECは家庭電気機器から撤退しているため、HD DVDデッキは東芝からしか出ていないのです。
ただ、東芝もソニーほどのブランド力を持ち合わせていない(特に北米ではソニーが強い)ということもあります。
それに対してBlu-rayはどうか。参加しているメーカーは旗振り役のソニーに松下電器、そしてシャープや三菱、日立と、多くのメーカーが参加しています。その中には、薄型テレビの「三強」ソニー・松下電器・シャープがいます。つまり、テレビとメーカーを合わせることが多い*3デッキでも有利になるということであります。
ハード・ソフトの品ぞろえが良くなかった・対応機器の開発が遅れた
多くの映画会社がBlu-ray支持を表明しているほか、当初HD DVD支持を表明していた会社も、Blu-rayに乗り換える会社が続出しています。この手の機器はハードだけあってもダメで、ソフトが肝心なのです。
また、ハード面ではBlu-ray対応ハードがあっという間にほとんど出揃ったのに対して、HD DVDは全然できていません。
Blu-ray対応品といえば、「プレイステーション3」、パソコン用の書き込み型ドライブ、レコーダー、プレーヤー、そしてビデオカメラと、結構揃っています。
HD DVD対応品は?といわれると、2006年にやっとプレーヤーが出て、パソコン用ドライブ(この時点ではまだ読み込み専用だった)、「Xbox 360」用ドライブ、レコーダーと、Blu-rayよりかなり展開が遅れているのがわかります。記録可能なパソコン用ドライブの開発が遅れたため、NECはHD DVD陣営にも関わらずパソコンにBlu-rayドライブをつけてしまったのです。記録可能なドライブをつけたパソコンは、「Qosmio」2008年春モデルまで待たないといけないのでした。
販売のメインとなるレコーダーでもバリエーションに違いがあり、Blu-rayは3社からレコーダーが出ているということもあって選択肢は幅広いのですが、HD DVDは先述の通り、東芝からしか出ていないため、ほしいものが選べないということにもなりかねないのです。
宣伝不足
東芝は、HD DVDの宣伝をあまりしていませんでした。それどころか、「VARDIA」2007年秋冬モデルでは「普通のDVDにハイビジョンで記録できる」*4などという、考えようによってはHD DVDの存在を否定しかねないようなCMまで流していました。
それに対してBlu-ray陣営はどうかというと、ソニーやシャープが力を入れて宣伝しています。また店に行ってみれば、Blu-rayはBlu-rayでまとめて置かれている上に目立つ装飾がなされているので「ここにBlu-rayがある」とすぐわかるのに対して、HD DVDは普通のDVDデッキと並べて置かれている上にあまり目立たないので、探すのに一苦労しました。
宣伝不足は知名度不足に直結します。知名度がないとさっぱり売れなくなります。おかげで2007年の年末商戦ではBlu-rayの圧勝。
記録容量が小さい
Blu-rayは片面1層で25GB記録できるのに対して、HD DVDは片面1層で15GBしか記録できません(12cmディスクの場合)。これはどういうことかというと、同じ画質であればBlu-rayのほうが長く記録できるということです*5。ちなみに、Blu-rayは片面4層(両面8層:200GB)まで理論上は可能だとのこと。
これは上記の「ソフト不足」にも関係しています。長編映画だと、あまりに長い場合は分割してディスクに収めるということをしなければならないのですが、それは結構な手間です。作る方はディスクをその分多く用意しないといけないし、見る方は途中でディスクを入れ替えないといけないからです。もし1枚に収めることができれば、映画会社にも消費者にも良いことです。
昔の話を引き合いに出せば、かつてのVHSとベータの時代は、録画時間が長くとられていたVHSのほうが支持が厚かったということです。ということで、VHS vs.ベータの時代と見比べてみましょう。
「VHS vs.ベータ」と比較
ではまず、VHSとベータの覇権争いの真っただ中だった1980年代前半の両規格の賛同メーカーを並べてみました。
VHS:日本ビクター・松下電器・シャープ・三菱電機・日立製作所・船井電機
ベータ:ソニー・東芝・三洋電機・NEC・富士通ゼネラル・パイオニア
一般に言われているVHSの勝因としては以下のことがあげられます。
- VHS採用メーカー、特に家電メーカーを多く引き込んだため
これは、特に松下電器の販売網を活用できた(当時はいわゆる“街の電器屋さん”が幅を利かせていた)ということが大きかったのです。ベータ方式にしても東芝や三洋電機が“街の電器屋さん”の全国ネットワークを持ってはいたのですが、松下電器の販売網は東芝とは比べ物にならないほどきめ細かったので、そのあたりもかなり影響してきたのでしょう。
- 構造がシンプルで作りやすく、ラインナップが多い。
多くのメーカーが高級機から普及モデルまで幅広いラインナップを持っていました。これは構造がシンプルで作りやすかったためです。
松下幸之助によると、門真の本社でVHSデッキとベータのデッキを見比べた際、「ベータは100点満点だがVHSは150点。部品が少ないので安く作れる」そうな。さらに、「VHSデッキは軽く、それは“お持ち帰り”できるギリギリの重さで、買って家に持ち帰りすぐ見られるからVHSにした」という、松下幸之助らしいエピソードも残っているとのこと。
ごく初期にはビクターのデッキをOEM供給してもらったケースもあったそうです(シャープ・三菱電機)。
ベータは部品が多く普及モデルを作りにくかった*6こと、ソニーがOEM供給に消極的であったこと、さらにハイスペックな機器ばかり作っていたために割高になってしまい、その上バリエーションが少ないというイメージが付いてしまいさっぱり売れませんでした。
- 記録時間を長めに設計してあった
VHSは、標準モードで2時間録画することを前提に設計されており、その後の長時間化もうまく行きました。
現在とは条件が異なる点が多いため単純には言い切れないのですが、Blu-rayの場合もこれに似たような点があり、採用メーカーは多く、高級機から普及モデル*7まで幅広くそろっています。ただ、機器の内部構造はあまり変わらない気がするのですが。
Blu-rayとHD DVDに話を戻せば、もうひとつ考えられる点としては、上記のように“ビデオ戦争”で大敗を喫したソニーが、Blu-rayでリベンジをかけるべく松下電器やシャープを巻き込んで強烈な攻勢をかけた結果、Blu-rayが勝った、ということもあります。またベータ陣営のうち、東芝・三洋電機・NEC*8はHD DVD陣営に属しており、ソニーにくっついて行ってひどい目にあった者同士がBlu-rayをぶっ叩こうとしたが、ソニーには松下電器やシャープが付いており、逆にやられてしまった、という見方もできないことはないでしょう。
*1:三洋電機はHD DVDとBlu-rayの両方に参加している
*2:ただ、三洋電機はブランド力が弱いため、HD DVD機器を売り出したとしてもさっぱり売れず、開発費を回収できずに赤字を出す可能性が高い。もっとも、三洋電機でなくともこういう問題は起こりうる。なぜなら、DVDデッキはソニー・松下電器・シャープの3社によって事実上寡占状態にあるから。東芝も「普通の」DVDデッキではかなり強い
*3:店頭で機種選びに迷っていると、薄型テレビを持っているかどうかを尋ねられる。その際に同じメーカー製の品をすすめてくる
*4:ただし、同じような機能は新型DIGAにもついている
*5:HD DVDは75分、Blu-rayは130分。これはBSデジタルの番組をそのまま録画した場合で、地デジだともう少し長い
*6:実際は東芝と三洋電機が無理やり作っていたが、当のソニーはなかなか手をつけなかった
*7:シャープ「BD-AV1」あれは安すぎる。安い時には5万円台にまで値下がりしたことがある