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千葉マリンスタジアム・幕張新都心の小ネタ集

今回は、奈々様のライブで行った幕張新都心千葉マリンスタジアムQVCマリンフィールド)にまつわる雑学を紹介することにします。

幕張新都心の範囲

大体どのあたりまでを指すのかというと、国道14号より海側で、美浜区の大部分が含まれています。一部は習志野市にもまたがっています。地名で言うと、千葉市美浜区美浜、若葉、打瀬、ひび野、中瀬、豊砂、浜田2丁目と習志野市芝園1丁目が幕張新都心に当たります。

埋立地なので…

一帯は埋立地で、当然ながら地名はありませんでした。同じ埋立地でも、神戸だとポートアイランドは直訳して「神戸市中央区港島」「神戸市中央区港島中町」「神戸市中央区港島南町」、六甲アイランドは「神戸市東灘区向洋町中」「神戸市東灘区向洋町東」「神戸市東灘区向洋町西」と新しく名付けられましたが、幕張新都心の場合は近くの地名を拝借するような形で付けられており、京葉線の駅も「海浜幕張」「検見川浜」「稲毛海岸」と名付けられています。

もともと、「幕張」とは花見川区幕張町、つまり総武線の幕張駅幕張本郷駅周辺一帯の地域のことであり、のちに埋め立てによって美浜区側にまで広がり、幕張新都心が開発されて脚光を浴びるようになると、こちらを指すようになってしまいました。なので、幕張新都心に行くのに総武線の幕張駅で降りてしまう人も少なからずいます。

ちなみに「幕張車両センター(幕張電車区)」は花見川区、すなわち旧来の「幕張」地区にあります。

マリンスタジアムができた理由

千葉の野球場といえば、稲毛区にある「千葉県野球場」でしたが、ナイター設備がなく収容人数が3万人未満であり、当時はモノレールが開通しておらずアクセスに難があった*1ため、プロ野球の公式戦はなかなか開催されませんでした。そのため、千葉ロッテマリーンズがまだ「ロッテオリオンズ」だった時代、かつての本拠地だった東京スタジアム*2が1972年限りで閉鎖されてしまい、翌年から暫定措置として宮城県Kスタ宮城)を本拠地としつつ首都圏に新たな本拠地を探すことになった際、この球場に移転することも考えていたようですが、上記のような問題があって実現せずしばらく川崎球場を使っていました。

それを踏まえ、千葉市は1980年代初頭にナイター設備などが整った大規模な球場を建設する計画を立てたものの、諸般の事情で実現しませんでしたが、のちに幕張新都心の開発計画の一環として復活し、「千葉マリンスタジアム」として1990年に完成しました。これに当たって、マリンスタジアムにプロ球団を誘致しようということになり、首都圏にあった6球団*3に「マリンスタジアムで試合をしてほしい」と頼み込み、巨人vsロッテのオープン戦と言う形でさっそく実現し、翌年から2005年までヤクルトの公式戦が年間2〜3試合程度行われていました(これについては後述)

特に熱心にラブコールを送ったのは、川崎球場の設備が整っておらず改修もなかなかなされないことに不満を持っていたロッテで、再三にわたる交渉の結果1992年シーズンからマリンスタジアムへ本拠地を移転することに決定し、実行委員会・オーナー会議での承認を経て実現しました。この際、球団名を「千葉ロッテマリーンズ」に改称しています。2011年にはQVCジャパン(BS12などでおなじみの通販会社)に命名権が売却され「QVCマリンフィールド」に改称され現在に至ります。

ちなみに、千葉県野球場は今でもアマチュア向けの球場として現存します。

ヤクルトの試合をやっていた

今でこそロッテの本拠地として知られるQVCマリンフィールドですが、2005年までは毎年ヤクルトの公式戦を行っていました。これは、簡単に言うと神宮球場が使えない時期があったからです。

神宮球場は、もともとは大学野球のための球場で、ヤクルト(国鉄・サンケイ)が本拠地としたのは1964年と比較的遅かったため、あくまでも大学野球を優先するように言われていました。大学野球をデーゲームで、プロ野球をナイターでやるようにして観客を入れ替えていますが、例外として大学野球の試合中にプロ野球の観客を入れたということもあったほか、例外中の例外として大学野球側が遠慮して試合を延期したことも一度だけありました。

また、早慶戦大学野球における“伝統の一戦”)の時期ともなると多数の観客が見込まれるため、プロ野球の試合を後でやると観客の入れ替えなどで不都合をきたすことから、ヤクルトの試合をQVCマリンフィールドでやることで混乱を避けていました。

2005年以降は交流戦があるため早慶戦を考慮せずに済みましたが、7月にやりました。2006年以降は大学野球側と調整ができたためやっていません。余談ですが、ヤクルトの公式戦をやる場合は末期のころはなぜか対戦相手として阪神ばかり指名されていたことがありました。どういうわけか、ヤクルト・広島・横浜が地方遠征する場合は対戦相手として阪神が指名されることが多いのです。

現在でもヤクルトの自販機がありますが、その名残とも言えます。

マリン風

野外球場であるうえに、外野スタンドの裏はすぐ海という立地条件から、甲子園以上にきつい風が吹いてきます。数字を出すと、10m/sを超えることはざらにあります。どれだけきついかというと、外野フライかと思ったら内野フライになってしまう、試合前に外野の守備練習をしていたら選手があちこち動いてしまう、変化球が思った通りに曲がらないか曲がり過ぎる、なんてことがあります。また、スタンドに壁があるという構造上、上空と球場内で風向きが逆になってしまうということもあるため、多くの選手がこの“マリン風”に悩まされています。

そのため、スコアボードには日本の野球場で唯一?風速計がついています。また、風速が18m/sを超えると雨が降っていなくても中止になることもあります。

連接バス

幕張本郷駅海浜幕張駅幕張新都心を結ぶ路線に導入されています。どんなものかというと、2つの車体が繋がったバスで、全長は18mもあります。もちろんこのままだと曲がれないので、間を蛇腹で繋いで曲がれるようにしています。

国産でこのような車両はないので*4輸入車が使用されています。ただし、最初に導入された際はボルボのシャーシを輸入して富士重工の国内工場で車体を取り付けていましたが、現在走っているのはベンツで、車両を丸ごと輸入しています。

ちなみに、関西では神姫バス三田市内に導入を検討しており、実際に行政レベルで話も進んでおり神戸新聞にも出ました。

幕張メッセとQVCマリンフィールドの位置関係

幕張新都心のランドマークというといくつかありますが、この中でもとくに有名なのは幕張メッセとQVCマリンフィールドであります。

幕張メッセは、かつてはコミケ(1989年・1990年)や東京モーターショー(1989年〜2009年)の会場として知られており、関東で見本市をやるなら幕張メッセとまで言われていましたが、現在でもCEATEC JAPANなどがここで開催されています。ただ、最近は東京駅や羽田空港までのアクセスが良い東京ビッグサイトがあるため、全盛期と比べると開催されるイベントが減っています。

で、幕張メッセはどこにあるのかというと、QVCマリンフィールドと道1本挟んで向かい合わせなのです。イベントホールではコンサートもよく行われていますが、今年は3カ月ほど前にみのりんがライブをやったため、「奈々様とみのりんのライブ会場は、道1本挟んで向かい合わせ*5とネタにしたことがあります。

*1:モノレールが開通するのは1988年

*2:現存する同名のサッカー場とは関係ない

*3:当時はまだ日ハムが札幌に移転する前だったので、首都圏にはセ・パ合わせて6球団あった

*4:日本では、道路交通法で車の長さは12m以内と定められている。そのため、三菱にも日野にもいすゞにも日産ディーゼルにも連接バスのラインナップはない。そのため、走らせる際は警察や行政当局に特認を得る必要がある

*5:関西向けに「大阪城を挟んで向かい合わせ」「NHKのお天気カメラに奈々様のライブ会場が映る」というネタも用意した